第 11 章
拉致された二人
ここはどこ?
周りは暗い…… けど、一方向だけはほのかに明るいような気がする。
横になったわたしの体…… 動かない。手も足も、ナワみたいな物でしばられてる。
そして口の中には…… 布だろうか…… 押しこめられて、しゃべることもできない。
すごくせまい空間だ。そして、機械の動く音と、かすかな振動。
頭はまだぼんやりしてるけど、状況は少しずつのみこめてきた。
これは車の中だ!聞こえてくるのはエンジンの音。車はどこかにとまっている。
比較的明るく見える方向、それは車のフロントガラスで、運転席と助手席の背もたれが、わたしの視界をさえぎってるようだ。
わたしは、シートを倒した後部座席にいるらしい。
前の席には、人の気配がする。天馬だろうか…… 竜二たちか…… 。
ん?おしりの辺りが、妙に温かい。
そっと身をひねって、後ろに顔を向ける。
目が段々慣れてきて、見える物の輪かくが少しはっきりしてくる。
温かくて、やわらかくて、大きな物体が、わたしの隣にある。
その物体がわずかに動き、わたしはドキリとした。
二つの目が、わたしをじっと見ている。
この目…… この顔の輪郭…… まさか…… 渉くん?…… うん、渉くんだ!
わたしが思わず体を反転させて向き合おうとすると、渉くんは激しく首を横に振り、アゴをフロントガラスの方へ何度も向けた。
ぼんやりとだけど、ちゃんと見える。渉くんも手足をしばられ、口にタオルみたいな布が詰めこまれてる。
前にいるやつらに気付かれないようにしろって、言ってるの?たぶんそうだ。
わたしは動きを止め、首を振り向けたまま大きくうなずいた。音がしないよう、 ゆっくりと体を動かし、渉くんと向かい合う。
そのとたん、運転席から軽快なメロディーの電子音が響いた。スマホの着信音?
「はい、おれです、会長」
竜二の声が応答した。
「はい…… はい…… 兄貴も隣にいるんで、伝えます」
この会話から、竜二が話している相手がどうやら天馬らしく、助手席にいるのは田宮だとわかった。
わたしと渉くんは、互いに目を合わせた後、そろって耳をそばだてる。
「了解です。それじゃ、こっちはこれから向かいます」
竜二が電話での会話を終え、「兄貴」と隣の助手席に話しかけた。
「会長からです。ビルの周りは車の出入りもなくなって、向かいのコンビニも店じまいしたようなんで、そろそろ来るようにって」
「おお、なら車を出せ。急げよ」
田宮に指示され、竜二がレバーか何かを動かす音が聞こえた後、車がゆっくりと動き出した。
向かいにコンビニのあるビル…… これから向かおうとしてるのは、天馬のビルにちがいない。チェーン店のコンビニって、二十四時間営業が多いはずだけど、あそこのコンビニは個人商店みたいだったから、夜になると閉めちゃうんだ…… て、ことは今はもう夜!パパはわかんない けど、ママは家に帰ってきてるはず。何にも連絡せずにいなくなっちゃってるんだから、すごく心配してるだろう…… 。
「でも兄貴、こんな港の倉庫まで来て何時間も待機してからビルに運ぶなんて、もうちょっと手っ取り早くやってもいいんじゃないすか?会長が催眠術かけてるうえに、猿ぐつわまでかましてるんだから、ちょちょいと済ませられるはずなのに」
「お前はわかっちゃいねえなぁ。これまでみたいに、イベントを催して、会場で天馬さんが目を付けたガキどもを『特別こども鑑定大会』なんていうもっともらしい 理由をつけて保護者同伴でビルまで連れて行くのとは訳がちがうんだぞ」
「はあ…… 」
「何だかんだ言ったって、法律に直接ふれるようなことはギリギリでしてこなかったのが、今度のは明らかに犯罪だ。それも、さらったガキどもは、二度と家には帰れない。天馬さんのビルとガキどもの失そうの関連を消すために、防犯カメラの少ない場所を選んでやつらをさらい、極力人目のつかない時間帯にビルへ運び入れるには、こうするしか仕方がないだろうが」
「そりゃそうですが」
わたしたちが二度と家に帰れないって……それは一体どういうことなの?
ものすごくイヤな予感がする。 「しかし、後ろのガキども、そんなに特別なんですかねぇ。おれなんかが見ても、 さっぱりほかのガキと区別つかないんすけど」
「おれにもわからんが、とんでもなくちがうみたいだな。そこらへんのところは、 天馬さんの言うことを全部信じるしかない。実際、女のガキが操ってた人の言葉をしゃべるヘビみたいな化け物を、お前もはっきり見ただろ?あのガキは天馬さんの同類だ。しかし、魔法みたいな力の強さは、天馬さんに到底かないっこない。あの人のとんでもなく神秘的な力は、おれたちも散々お目にかかって、何度となく助けられてもきたんだからな」
「そりゃ、会長がすごい人だってことはよくわかってますよ。あの人とアキバで出会わなかったら、おれも兄貴もいまだにパッとしないチンピラのままだったろうから」
「それなら、もうグチをこぼすな。ここまでくれば、毒を食らわば皿まで、ってやつだ。天馬さんにくっついていけば、もっともっと金持ちになれる。後ろにいるガキは、それを実現するための儀式に使う大事なみつぎ物なんだからな」
わたしと渉くんは、心細く、不安げな視線を交わす。
竜二と田宮は、実質的には天馬の部下みたいな存在なんだ。
そして、自分ではまだピンとこないんだけど、わたしと渉くんが持っているらしい強い精気を天馬が利用しようとしていることもわかった。
これまでほかの子たちにやったように、精気を吸い取るんじゃなくて、別の利用法で。
それも、どんなのか想像もつかないけど、大金持ちになれるという儀式での『みつぎ物』として。
みつぎ物…… 贈り物とかプレゼントっていう意味だよね。
わたしたちは、一体だれへのプレゼントにされるのだろう。
早く逃げないと、大変なことになる。それはわかる。でも、どうやって逃げれば …… 。
渉くんと、何とかその手段を話し合いたい。
取りあえず、口の中に詰められてる物をどうにか出せないだろうか。
わたしは、車内を注意深く見回した。
後部座席はシートが水平に倒されていて、わたしたちはそこに寝かされている。
左右の窓ガラスには、日よけとか目かくしのためであろう黒いフィルムがはってあり、外が見えない。
車の後部ドアの近くに、黒っぽくて大きそうな布が何枚かたたんで積まれている以外に、余計な物は何一つ置かれていない。
でも、後部座席のドアには、ペットボトルや紙コップを入れられるカップホルダーが取り付けられていた。
このホルダー、うまく使えないだろうか……。カップを固定するリングが左右から丸く伸びて、クワガタムシのアゴ みたいな〝C〞の形だけれど…… 。
ああでもないこうでもないと考えているうち、ひらめいた!
頭から後部座席のドアまで、三十センチくらい。
ゆっくりと体をイモムシのように動かし、ドアへと近付く。
渉くんは、わたしが何をするつもりなのかと、疑うような目で見つめている。
とまっていた時とはちがい、車は走っている際の振動や音に加え、竜二がカーステレオでロックミュージックを聴きだしたから、少々の音を立てても気付かれないだろう。それに竜二も田宮も、わたしたちが催眠術でまだぐっすり眠っていると安心しきってるようだ。
わたしは少しだけ身を起こし、カップホルダーから突き出ているリングの端に口を持っていった。
リングの先端部に、口の中の布を引っかけたいんだけど、なかなかうまくいかない。
しばらく四苦八苦するうち、口の中でくしゃくしゃになっている布の深いしわに、やっとその部分が食い込んだ。
外れないよう、ドアに顔を押し付けるようにして口を勢いよく水平に振る。
すると、口の中に入っていたハンドタオルがリングに引っかかり、すぽりと抜けた。
わたしは、安どのため息をもらす。
こちらを見上げている渉くんは目を見開き、うれしそうに何度もうなずく。
「この調子なら、あと五分くらいで着きますね」
竜二が、ふいと田宮に話しかけた。
渉くんがすぐさま目をつぶって寝たふりをしたので、わたしもあわてて横になり、二人に背中を見せる。
助手席がごそごそと動く気配がした。
「ガキどもはおとなしく寝てるようだな」
田宮は身を乗り出してわたしたちをのぞき込んでいるようだったけど、やがて助手席に座り直した。
ぐずぐずはしていられない。
話をするために、わたしはなりふりかまわず、自分の顔を渉くんの顔に近付けた。
渉くんの口の中には、わたしと同じようにハンドタオルが押し込まれている。
タオルの一部が、彼の口から少しはみ出ていた。
わたしは、その端っこを歯でしっかりとはさんだ。
わたしのくちびると、渉くんのくちびるが、ほんの少しふれたか、ふれないか。 でも今は、そんなことを意識している場合じゃない。
首をぐいと後ろに振り、渉くんの口からタオ ルをうまく引っこ抜いた。
わたしの思い切った行動にとまどい、きょとんとしている彼の耳元にそっとくちびるを近付ける。
「 ……………… 」
まただ!こんな大事な時に、また言葉が出てこない!
渉くんの顔が目と鼻の先にあるもんだから、急に恥ずかしさや緊張が込み上げてきて頭が回らなくなってる!
「あ……… の ……… あの……… 」
そんなわたしを見て、今度は渉くんがわたしの耳元に口を寄せた。
「逃げなきゃ……… だよね?」
彼の言葉に、わたしは激しく首を縦に振った。
「この車は天馬のビルに向かってるんだろ?」
異常な緊急事態の中、話しかけてくれる渉くんにまともな返事ひとつできないなんて、そんなのゆるされない!マオ、しっかりしなさい !!
そんな風に気持ちを奮い立たせた途端、すーっと気持ちが楽になった。
「うん……… そうだと思う。早く逃げなきゃいけない」
言えた!絞り出すようにしてだけど、ちゃんと言えた!
「もうすぐ着いちゃうんだから、手足のナワを解いてるヒマはない。やつらは、車をとめたらぼくらを引っ張り出すはずだ。その時に、ひざを曲げて、足で思い切り突き飛ばしてやろう」
最初の一言を発することができれば、後はもう普通におしゃべりできるようになった。
「そのすきに逃げるのね?」
「いや、足がこんな状態じゃ、まともには逃げられないよ」
「じゃ、どうするの?」
「真夜中って言っても、天馬のビルの周りは、建物が密集してる地域だ。きっとその中には、人もいる。だから、足を使って死に物狂いで抵抗しながら車の外に出て、大声で助けを呼び続けるんだよ。そうすれば、だれか一人くらいは気付いてくれるかも」
「うん!」
やがて車がスピードを落とし、とまった。天馬ビルの駐車場に着いたんだ。
わたしたちは体を横たえ、口の中のタオルが外れているのをさとられないよう、 顔を下にしたまま寝ているように見せかける。
車の後面にあるドアが、真上に開く。
「このシートに包んで、すぐビルに入れるぞ。おれは女をやるから、お前は男の方をやれ」
「了解っす」
田宮が言ってるシートとは、車内に置かれていた黒っぽい布のことだろう。
まず二人はわたしたちの両足をつかみ、外に出しやすいよう後部の端まで引きずる。
薄目を開けて見ると、田宮と竜二は身を乗り出してシートを広げ、わたしたちにかぶせようとしていた。
「今だ!」
そう合図した渉くんが、思い切りひざを曲げ、反動をつけて両足を竜二の顔にぶつける。
「ぐわっ !」と悲鳴を上げた竜二が、のけぞって倒れる。
負けずにわたしも、田宮の顔面を足でねらった。
手応えがあったから、足が顔に当たったのは確かだ。当たりはしたけれども、竜二ほどの大きなダメージは与えられなかったらしい。
「このガキ!」
田宮は、わたしの足をつかんで、さらに引っぱり、顔をなぐろうと右手を上げた。
「やめろ!」
その横合いから、転がるようにして渉くんが頭から突っ込んだ。
田宮は、渉くんを抱きかかえるような格好で、地面にしりもちをつく。
「今のうちに、早く!」
渉くんにうながされ、わたしは上半身を起こし、ひょいと地面に下りた。その横で、竜二はのびている。
「こらっ !」
わたしをつかまえようと手を伸ばす田宮の上に、渉くんがのしかかり、
「わーーーーーーっ !」とわめき出した。
「やめろ!声を出すな!」
田宮が渉くんの口をふさぎ、あっと言う間に馬乗りになった。
わたしは、駐車場が面している道路に向かって、しばられた足でぴょんぴょんとまっしぐらに進む。
だれか、助けて!
そう大声を張り上げるため、深く息を吸う。
近くに人影はないし、車も通りかからないけど、お願い!
第一声を出そうとした、その寸前で、口が大きな手でふさがれた。
うそっ!?
手の主が、わたしの目の前に現れる。それは…… 天馬だった。
射るようなまなざしで見入られ、わたしはまた気を失ってしまった。
