第 12 章
魔塔のいけにえ〈その2〉
背筋がこおる。隣をチラッと見ると、渉くんも恐ろしさをこらえるかのように歯を食いしばっている。
「平凡な人間をささげたんじゃ、将門や怨霊たちだって心底喜んではくれない。どうせなら、とりわけ霊的エネルギーの強い子をいけにえにして、血と肉をささげなきゃ。それからというもの、ゲームのイベント会場に集まったたくさんの子どもを散々見てきたんだけど、あたしのメガネにかなう子はなかなかいない。どうしたものかと考えあぐねていたところで、やっと見つけたのよ……相羽渉ちゃんを」
天馬が、渉くんにほほ笑みかける。
「ふざけんな!お前のいけにえなんかにされて、たまるか!ここから出せーーーーー!」
渉くんが、ありったけの大声でかみつく。
「ふふふ。このフロアは一応防音対策してるから、その程度の声でわめいても、外には聞こえないわよ〜。ごめんね〜」
天馬は笑いながら、今度はこちらを振り向く。声が外にもれる心配がないから、この部屋ではわたしたちに猿ぐつわをしなかったのか。
「いけにえは彼一人でと思ってたんだけど、ちょうどいいタイミングであなたにも出会ったわ。最初はエネルギーをもらうだけのつもりだったのに、初めて会った時、何かの見えない壁にさまたげられて取れなかったのよ。それで、何者だろうと思って式神に後を付けさせたら、返り討ちにあっちゃうんですもの、参っちゃう。それだけでなく、相羽ちゃんのエネルギーの大きさを事前に把握しておこうとビルに呼んだら、これにも水をさしてくれちゃって。こうなったらもう放っておけないし、あなたは相羽ちゃんに勝るとも劣らないエネルギーを持ってそうだから、男女ペアでいけにえになってもらうことにしたの。だれにも知られないよう二人を誘かいするっていう、大変な手間と労力がかかっちゃったんだけど」
こいつ〜〜〜!上半身を起こして抵抗しようとすると、天馬はとっさに右うでを振り上げ、刀の切っ先をわたしののど元に向けた。
それ以上は動けず、仕方なく頭を下ろす。
「さて、それじゃぼちぼち始めようかしらね。あなたたちの目の前にあるこの設備、護摩壇(ごまだん)て言うのよ」
天馬は、赤い炎を燃え立たせている壇の方を刀で指した。
「これは暗黒密教だけでなく、密教全般で使う祈とう用の設備。壇の四隅に杭(くい)を立てて壇線(だんせん)というヒモでつなぎ、結界を張ってるの。その中央に炉を入れ、護摩木(ごまぎ)と呼ぶ祈願のための木材を燃やすのね。護摩木から上がる炎は、お願いをする相手の口でもあり、この中に供物を入れて焼くのよ。つまり、あなたたちの血をね」
そう言った天馬は護摩壇の前に正座し、刀を横に置く。
わたしは渉くんと顔を見合わせる。
どうにかしてこのピンチから抜け出さないと!でも、わたしたちにはその方法がまったく頭に浮かばない。手足がしばられた今の状況で、何ができるのか……。
しかも、わたしたちが台から動こうとすればいつでも押さえつけられるよう、田宮と竜二がそばで待機していた。
天馬はチンプンカンプンの長い呪文を唱えながら、護摩木を炉の中に入れる。
五分……十分……と同じ状態が続いていたかと思うと、不思議なことに炉の中の炎が突然勢いを増し、メラメラと倍近い高さに燃え上がった。
ほどなく天馬がすっくと立った。刀を手に取り、わたしたちの方へ向き直る。
「さあ、いよいよお別れだわ。首塚の地下にいる怨霊たちが、二人を待ちこがれているようよ。今から皇居の隣にある首塚のパワーを増大させて、その一部をこのビルに移し、龍脈のエネルギーラインを一気にねじ曲げる。あたしのいる場所が新たな龍穴になった時、果たしてどんなにすごい富と力がもたらされるのか……想像しただけでワクワクしちゃう!」
天馬は刀のツカを両手でにぎり直し、上段に振り上げた。
わたしと渉くんは、それを見て反射的に身をひねろうとした。けれど、わたしはすかさず竜二に体を押さえられる。渉くんはずいぶん抵抗したけれど、田宮の両うででがっしりと組み伏せられてしまった。
「じゃあ、どっちからにしましょうかねぇ。痛みなんて感じないから、心配しなくてもいいわよ。平将門みたいに、首をスパンと切り落とすだけ。この日本刀はとってもよく斬れる、そこんとこは安心してね〜〜」
わたしも渉くんも持てる力の全てを出してもがき、上から押さえつける手を払いのけようとした。それでも、大人と子どもの力の差、それにこっちは手足の自由を奪われているという大きなハンデのせいで、びくともしない。
「よし、それならおじょうちゃんの方を先にしようか。奥山、その子の体を少しずらして、台の端から頭と首が出るようにしてちょうだい。昔のヨーロッパで処刑の時に使ったギロチンの要領で切り落としちゃおう」
指示を受けた竜二が、わたしの体を押し動かす。
「怖がらせないよう、うつ伏せにして顔を下に」
天馬がさらに指示する。
竜二の手で体を半回転させられ、わたしは台の端から頭だけ出して床に目をやる体勢になった。
こんながけっぷちまで来ちゃうと、恐怖で金しばりになり、大声を出すこともできない。歯がカチカチとふるえる。
こんなの、あんまりだ。わたし、やりたいこと、まだまだいっぱいあるのに!
「やめろ、バカヤローーーー!彼女に手を出すなーーーーー!もし一ミリでも傷つけたら、お前ら、ただじゃおかないからなーーーーー!!!」
渉くんが、身をよじりながらがなり立てる。
渉くんの精一杯のわめき声が、うちひしがれたわたしの体に生きる力を注いでくれたような気がした。
渉くんの熱い言葉……こんな普通じゃない状況だから、勢いでつい口から出てしまったのかも。ううん、それでもかまわない……守ろうとしてくれる男子から「手を出すな」なんてセリフを聞いたの、初めての経験だ。それはわたしにとって、超絶的にグッときちゃうフレーズだったんだから。
「田宮、その子をちょっと静かにさせて」
「はい」と答えた田宮が、右手で渉くんの肩を押さえつつ、わめき続ける口を左手でふさいだ。
「あたしのために、こんな役目を担ってくれて、ありがとう。おじょうちゃん」
床にぼんやりと落ちる天馬の影が、両手でにぎる刀をさらに頭上へと振りかぶった。
どうしよう……ママ!パパ!
最後のあがきだって、かまわない。可能な限り頭を振り回し、体を左右に動かす。
「奥山、もっとしっかり押さえてなさい!」
天馬のいら立った声が響き、竜二はわたしの背中と肩に圧をかける。
もうダメかも……そうあきらめかけた時、頭の中で声が聞こえた。
『マオ……』
この声は、もしかしてトウタ?
『マオ!マオ!無事か?』
まぎれもなく、これはトウタの声だ。返事がしたいけど、どうやって……。
『マオ、これは念波じゃ!頭の中で念じるだけで交信ができる!』
言われたとおり、頭の中で言葉を唱える。
『トウタなの?』
『おお、無事であったか!わしが使い魔と念波で交信するのに距離は関係ないが、人間相手の交信となると近くでなければうまくいかぬからな』
『そんなことより、もう今にも無事でなくなっちゃう!天馬に殺されるの!』
『わかった!ほんのしばしのガマンじゃ!』
トウタと交信して気をとられたせいか、体の動きがにぶくなり、そこを竜二にがっしりと組みしかれた。
「会長、今です!」
「わかったわ!」
わたしが強引に首をひねって天馬の方を向くと、刃は今まさに振り落とされようとしていた。
バリバリバリーーーーーーーン!
それこそ、耳をつんざくってこういうのだろうという大きな音が、わたしの頭の方向にある窓で響いた。
それは、窓ガラスの一つが何かに当たって割れる音だった。
一枚分のガラスをほとんど吹き飛ばし、窓にかけられた黒いカーテンを引きちぎり、それはこっちに向かってきた。
何かはわからない。幅が一メートル?いや二メートル?とにかく大きな物が、カーテンをすっぽりかぶった状態で向かってくるのだ。絵本とかによく出てくる西洋のお化けには、人が白いカーテンを頭からかぶったような姿でふわふわと空中をさまよう、ちょっぴりかわいいタイプがいるけど、形状とすればその〝黒くて大きい版〟。こいつが、護摩壇に勢いよくぶつかり、その衝撃で天馬は吹き飛ばされた。
「会長!」「天馬さん!」
あわてて田宮と竜二が、あおむけに倒れて苦痛に顔をゆがめる天馬に駆け寄った。
わたしと渉くんが台の上で上半身を起こすと、真っ二つに割れてくだけた護摩壇の横で、飛んできたカーテンの中から、化けガラスが大きな翼を広げて現れた……と思ったのも束の間、「グワーーーーッ!」と苦しそうな叫びをあげながら、煙に包まれて次第に消えていく。
「わわわ!何なんだ、この化け物は!」
ぼう然となった渉くんが、思わず声を上げる。ということは……。
「相羽くん、化けガラスを見られるのね?」
「は?化けガラス?」
「相羽くんは強いオーラ、精気、霊的エネルギーを持ってるんだから、見鬼の力があってもおかしくない!これは化けガラスさん。魔物だけど、わたしたちの味方よ!」
「見鬼?魔物が味方だって?」
信じられないといった風に、渉くんは再び化けガラスを見る。
しかし、そのわたしたちの味方は、全体から白い煙を出し……とうとう完全に消失してしまった。
何てこと……。ぬか喜びにがっくりと肩を落としたわたしは、化けガラスが消えた場所に金色の小さな生き物が動いているのに気付いた。
トウタ!
すばやい動作で台にはい上がってきたのは、まさしくトウタだった。
「マオ、待たせてすまぬ!」
渉くんが、目をパチクリさせる。
「こ、今度は何?ベトナム産のライノラットの仲間?しかも、手足があるし、人間の言葉をしゃべってるよ、こいつ!」
ライノラット?この言い方だとたぶん、ヘビか何かのは虫類なんだろうけど、渉くんの顔はすっかり青ざめている。
その間にも、トウタは鋭いキバのはえた長い口でたちまちわたしの手足をしばるナワを食いちぎり、続けて渉くんの手足も自由にした。
「トウタ、わたしを見捨てて逃げ出したんじゃなかったのね」
「当たり前じゃ。駐車場では、わしの苦手とするタバコの煙をもろに吹きかけられ、息ができぬほど苦しいわ、使い魔を呼ぶ力も出ぬわで、一時あの場から遠ざかるしかなかった。あのままとどまっておれば、お前を助けるどころか、わし自身が力を封じられてしまう危険があったからのう。されど、体を休めて煙の毒を全て出したゆえ、もう大事ない」
「そうだったのね。良かった!でも、化けガラスさんが……」
「この部屋に踏み込むには、化けガラスを使うしか手がのうてな。わしはあやつの首の上に乗り、高い空から急降下させて、窓ガラスに突っ込ませた」
「普通の人には見えないし、ふれられない存在なのに、ガラスなんて破れるの?ここのビルに取り付けられてるのは、防音の分厚いガラスなんだよ」
「わずかな時間であれば、わしは使い魔を実体化させられるんじゃ。窓ガラスをぶち破る瞬間、そうしただけのこと」
「だけど、化けガラスさん、死んじゃったんでしょ?」
「魂は死なぬ。強力な結界がはられた場所に無理矢理突入させたゆえ、力を使い果たして見た目の形だけ消えてしもうたのじゃ。時がたち、力を蓄えれば、また復活させられる」
それを聞いて少しは気が楽になった。こんなわたしたちのやり取りを、隣にいる渉くんはあ然としてながめている。
「相羽くん、信じられないことばっかり話してるけど、これはわたしの守護神、トウタよ」
「守護神……のトウタさん?……あの、よろしくお願いします……渉です」
おどおどしながら、渉くんがトウタにペコリとした。
天馬はやっと動けるようになったのか、田宮と竜二に抱きかかえられ、刀をつえ代わりにして立ち上がった。
「ううう……おのれは、追い払ったはずの使い魔か!」
わたしたちに向かって、天馬がほえた。打ち付けた個所がまだ痛むらしく、片手で腰を押さえている。
「マオ、ここはわしに任せて、お前たちは先に逃げろ!」
トウタが首をもたげ、天馬をにらみつける。
「でも、トウタは」
「言うたとおりにせい!」
「わかった!」
わたしは渉くんの手を取り、ビルの階段かエレベータに通じると思われる室内唯一のドアに向かおうとした。
ところがそれを見越して、田宮と竜二がいち早くドアの前に立ちふさがる。
一方、天馬は着物の袖からタバコの箱を取り出した。一番近い窓際のロウソクへと、刀をつき、足を引きずりながら向かう。
タバコの煙で、トウタをまた動けなくさせるつもりだ。
そうと知ったトウタは、台から床に飛び降り、四つ足ですばやく天馬を追いかける。
天馬がタバコの箱から一本をくわえ、カエルの置物の上に乗ったロウソクで火を付けようとした、その時、つうっと足元まで達したトウタがそのまま体にはい上がった。
足をつたって背中から肩へと機敏に移動したトウタは、首を伸ばして天馬が口にしていたタバコをくわえ取り、さらにはシッポをふるって左手に持つタバコの箱を叩き落とす。箱は床をすべって、数メートル先にはじき飛んだ。
「このヘビのできそこないが!何するのよ!」
天馬は、箱が落ちている場所に足を向ける。
トウタはタバコをバラバラにかみつぶしてはきだし、天馬の体から飛び下りた。
天馬が箱をつかもうとする寸前、タッチの差でトウタがそれを口で奪い去る。
「キィーーーーーー!ちょこまかと!返すのよ、あたしのタバコ!」
顔色を失った天馬が刀を振り上げ、逃げるトウタを追いかけた。
他方、わたしたちは田宮と竜二に行く手をはばまれ、進みたくても進めない状況にある。
竜二が、内ポケットから折りたたみ式のナイフを取り出し、刃を起こした。
渉くんが、わたしをかばうように左手を前に出す。
竜二が、ナイフをこちらに向け、じわりじわりと前に出てきた。
渉くんの左手がわたしを後方へと押し、わたしたちは一緒に少しずつ後退する。
「おい、おとなしくして、こっちにこい。言うことを聞かないと、痛い目をみるぜ」
竜二が、右手のナイフをちらつかす。
「言うこと聞いておとなしくつかまったって、どっちみちいけにえにされるんだろ!やなこった!」
渉くんが、強い口調で言い返す。
「このガキは、マジで痛い目にあわないとわかんねえようだな」
目をとがらせた竜二は、歩幅を大きくして進んでくる。
相手は大人だし、武器まで持ってる。わたしなんて論外だけど、渉くんだってこれじゃかなわない。あいつをやっつける方法は、何かないだろうか?……マオ、考えて!考えるのよ!
