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坂東武士について思うこと

著者名:法政大学大学院教授 増淵敏之


 地域のアイデンティを考えるうえで、地域の持つ資源は重要だ。出身者が思いを仮託させる対象としての資源である。北関東はとくにこの点が弱いとされる。若者世代の域外流出にもこのアイデンティティの欠如が指摘されてもいる。比較優位を取れる、卓越した地域資源はないものだろうかとここしばらく頭を悩ませてきた。


 筆者は名字が示す通り、宇都宮由来の者である。父親が宇都宮の出身であり、また訳あって十数年前に宇都宮で三年ほど暮らしたこともある。取りあえず一定の愛情は持っているつもりである。やはり宇都宮に住んで思ったのは、距離的に近い東京の存在がその立場を難しくしているのだろうということだった。若者にとって東京は魅力的である。雇用も含めてそこに揃っていないものはほとんどない。


 さて歴史の解釈には学術的なアプローチとエンタメ的なアプローチがあるというのが実情だろう。書籍からアニメ、YouTubeに至るまで後者の類のものが急激に増えている。研究者の立場からすれば、眉を顰める向きもあるに違いないが、それでも歴史に対する関心が多くの人々に広がっていくことは決して悪いことではない。


 それは一つの解釈として、いわゆるリベラルアーツとしての捉え方であり、知識を楽しむということでもある。また歴史には様々な視点があり、もちろん諸説紛々ということも少なくはない。個人的にはそういった部分を理解したうえで歴史のエンタメ化にはそれほどの抵抗はない。おそらく近代史においては難しい点も出てくるかもしれないが、戦国時代などはそこまでのナーバスさは必要ないかもしれない。しばらく前に「歴女」という言葉が流行ったことがあったが、これもエンタメ的なアプローチの具体例だろう。


 関東地方は武士の発祥の地のひとつである。武士の作ってきたものが日本文化のひとつの象徴だとすれば、実は関東地方は得難い文化資源を膨大に持っていることになるに違いない。そしてこれを活かす手立てはないだろうかと考えるに至ったわけである。もちろんこの事実を周囲に理解してもらうことがとても重要であり、地域の人々の協力なしではなし得ない。考えてみると平将門を征伐した藤原秀郷の系譜が分派して脈々と関東地方には残っているし、また源氏の流れも関東地方には引き継がれてもきた。


 また応仁の乱に先立って、関東では鎌倉公方と室町幕府の対立に端を発した永享の乱、古河公方と鎌倉公方の対立が生じた享徳の乱と続き、戦国時代の幕開けが始まるのである。ただ江戸時代まで日本の歴史は朝廷のある京都を中心に歴史が記録され、関東の諸事象はそれほど注目されてはこなかった。つまりある意味、辺境での諸事象として捉えられていたということでもあろう。ゆえに関東の争乱は日本史の教科書でも扱いは極めて小さく、大抵の人々は永享の乱、享徳の乱をほとんど知らないだろうし、宇都宮、足利、小山、佐野、結城、桐生などの地名を姓にした武将たちが領地を支配していたことも広範に認知されてはいない。


 これはとても勿体ないことだ。確かに武将のスーパースターが少ない印象はあるが、これはそういった京都を中心にした歴史観のなせる業ともいえる。しかしひも解いてみると決してそんなことはない。前掲した平将門、藤原秀郷を始めとして源平合戦の那須与一、南北朝時代の足利尊氏、新田義貞、戦国時代の佐竹義重、里見義堯、そして北条五代と遜色はない。また歴史のなかに埋もれている数々の武将も数多いる。彼らの生涯を物語化する、つまりエンタメ化することでの認知を図るという方策は、若者のシビックプライドの醸成にも結びつくだろうし、関東の魅力向上にも一定の効果が期待できる。


 つまり近年の人々の嗜好性の多様化はマスツーリズムの崩壊を招いたが、その反面、マニアックな観光行動が一般化してきた。「聖地巡礼」に象徴されるコンテンツツーリズムもその一端だろう。コンテンツツーリズムこそがエンタメ観光の代表例かもしれない。これからは関東武将の足跡を訪ねる旅も面白いかもしれない。まだ一部を除いても城址等も整備されているところも決して多くはないのだか、それ故に楽しみは増すに違いない。野趣に満ちた観光ともいえるだろう。


 観光の楽しみ方はそれぞれに委ねられる時代だ。だからこそそれぞれにオリジナリティ溢れる観光プランが作り得るということでもある。隠れた関東武将に関しては正直、資料も多くは残ってはいない。観光に行く前に下調べも必要だが、そこもまたこの観光行動の醍醐味ではないだろうか。観光に行くまでの時間をいかに充実したものにするかで、観光自体の面白さが変わってくる。


 関東武士は関東地方に住む人々の大事な文化資源であり、誇りでもある。彼らの生涯を経て、現在の首都、東京を中心にした首都圏が形成されているが、このエリアは紛れもなく関東武士の活躍の場であった。歴史は時間の積層でもある。つまり彼らが活躍した関東平野のうえで現在の生活が営まれているのである。悠久の時間の果てにではあるが、そう考えてみると不思議な感覚にも陥るだろう。その不思議な感覚の要因を明らかにしていきつつ、それぞれの武将の物語を明らかにしていくのが、このウエブマガジンなのである。


2020年6月21日 寄稿

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