

【会員寄稿コラム】東京・多摩に残る秀郷の痕跡③
2025年12月27日 栃木の武将『藤原秀郷』をヒーローにする会 会員 戸室 直隆 藤原秀郷をヒーローにする会の戸室と申します。 戸室は下野佐野氏の庶流、藤原秀郷公の末裔の一人となります 。今回は前回まで紹介した秀郷の痕跡が残る場所を分析し、藤原秀郷や平将門が多摩郡でどのような動きをしていたのかを振り返りたいと思います。 伝承から浮かび上がる秀郷の動き 前回まで色々な伝承を見てきましたが、多摩各地の伝承で藤原秀郷と平将門の登場をまとめると、次のようになります。 藤原秀郷と平将門の多摩各地の伝承の登場比較 ※表示内の①は平将門討伐前、②は討伐後と推測される伝承 こうしてみると、藤原秀郷、平将門の両方登場する場合と、どちらか一方のみ登場する場合に分けられます。秀郷のみ登場するのは府中市とあきる野市、将門のみ登場するのは八王子市、青梅市、奥多摩町、両方登場するのは多摩市、羽村市、日の出町です。また、①は将門が存命中、②は将門の敗死後と推測される伝承に分けていますが、将門の存命中のだけでなく、将門が破れた後の伝承もあることが分かります。もしこれらの伝承


第16回 藤原秀郷 交流会『歴史カフェ』2025年12月20日開催
今回の交流会は、当会顧問の水野拓昌氏から「私の[推し]秀郷流武士」をテーマに、12月22日に設立総会と記念講演会が開催される「皆川歴史研究会」の創設者「皆川広照」についてご紹介いただきました。 『蔵の街“栃木”』を形成した皆川広照。家督を守るために主君が波瀾万丈に変わる生涯でしたが、その中でも生き残る力強さを感じました。 岡田さんからは、秀郷を敬愛した会津90万石の大大名「蒲生氏郷」のお話を、自慢のお手製「巨大系図」と「俵藤太絵巻」を持ち出して熱演。今回も学び多く、楽しい歴史カフェとなりました。 【動画】岡田さんが語る藤原秀郷 【動画】水野先生のお話 「皆川歴史研究会」について詳しくはHPをご覧ください。 https://minagawa-rekiken.jp/


【会員寄稿コラム】東京・多摩に残る秀郷の痕跡② (あきる野市/阿伎留神社・二宮神社)
2025年12月26日 栃木の武将『藤原秀郷』をヒーローにする会 会員 戸室 直隆 藤原秀郷をヒーローにする会の戸室と申します。 戸室は下野佐野氏の庶流、藤原秀郷公の末裔の一人となります 。今回は前回に引き続き、私の地元である東京・多摩地域に残る藤原秀郷の痕跡を紹介していきたいと思います。 阿伎留神社(あきる野市) あきる野市の名称の由来の一つにもなっている由緒正しい神社です。創立年は不詳ですが、藤原秀郷が平将門討伐の戦勝祈願に訪れ、京の大原野大明神の土を祀ったと言われています。年代は伝わっていませんが、武蔵阿蘇神社や勝峰山の言い伝えも考えると、こちらの祈願も天慶年間の940年前後の事と思われます。その後も武将の信仰を集め、源頼朝、足利尊氏、後北条氏、徳川家康など、蒼々たる武将が社領の寄進したと伝わっています。 樹木に覆われていて境内からは見えませんが、南側には秋川が流れており、武蔵阿蘇神社と同じような立地であることから、こちらも村内の最良とされる地に築いたのかもしれませんね。 阿伎留神社 住所:〒190-0164 東京都あきる野市五日市108





























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