

街に潜む障害物。百目鬼と一緒にバリアー妖怪をみつけよう!
2026年10月16日、宇都宮市本町の百目鬼通りが隣接する栃木会館跡地芝生広場で開催された「県庁ナイトマルシェ」にて、街に潜むバリアを妖怪に見立てて可視化する実証実験「百目鬼EYES(どうめきアイズ)」が行われました。 宇都宮に伝わる「藤原秀郷」の伝承民話、「百目鬼物語」に登場する「百目鬼」のキャラクターイラストが使用され、地域に伝わる妖怪が、現代の街の課題を考える取り組みに活用されました。 百目鬼物語とは:秀郷にまつわる三都物語 百目鬼とは:キャラクター図鑑 百目鬼(どうめき) 妖怪を通して、街に潜むバリア(障壁・障害物)を見つける 「百目鬼EYES」は、京都芸術大学大学院でコミュニケーションデザインを学ぶ大塚訓平さんと山田忍さんによる取り組みです。 NPO「アクセシブル・ラボ」 大塚訓平さん 街の中にある段差や通行のしづらさ、休憩場所の不足など、日常生活に潜むさまざまな困り事。こうしたバリアを妖怪の姿に置き換えることで、誰もが暮らしやすい街について考えるきっかけをつくろうと企画されました。 会場でガチャ配布された、現在大人気のめじるしちゃ


季節も替わって、霜月になりました。
2026年11月2日 栃木の武将藤原秀郷をヒーローにする会 専務理事 岡田康男 11月は陰暦名「霜月」と呼ばれます。秋から冬への変わり目で、霜が降りる頃であることから、「霜月」と呼ばれるようになったといわれています。 その文字通り霜が降りそうな寒い晩秋になってきました。 そして宇都宮の街並みにも、少しずつ赤色や黄色の木々が増えてきて、いよいよ紅葉の季節になってきました。 TVや新聞・雑誌などでも全国いろいろな紅葉風景が紹介され始めました。地元栃木県でも、奥日光からはじまり、徐々に南へ秋の風景が南下しているようです。 街歩きが好きな私にとっては、カメラを片手に気軽に楽しめる公園や街なかの並木道など、身近にも見事に紅葉を楽しめるスポットが宇都宮にはたくさんあるので、本当に楽しみです。そんな身近な紅葉スポットを、我がヒーロー「藤原秀郷」にかかわる史跡旧跡と同時に紹介しましょう。 まずお薦めの一番は、私たち宇都宮市民の守り神「二荒山神社」です。仁徳天皇の御代に創建された古刹で、主祭神の豊城入彦命は戦いの神様としても知られた崇神天皇の一子で、武士の始まりと


歴史上の貴族や武士たちの名前の不思議!?
姓と名の間に「の」が入る人名と入らない人名について 2026年11月1日 栃木の武将藤原秀郷をヒーローにする会 専務理事 岡田康男 歴史上の貴族や武士たちの名前の不思議!? 姓と名の間に「の」が入る人名と入らない人名について 「栃木の武将『藤原秀郷』をヒーローにする会」の活動をしていて、時々聞かれることがあります。 古代や中世の人物の呼称で、姓と名の間に「の」が入る人と、入らない人がいるのはなぜか、ということです。 「藤原秀郷=ふじわらのひでさと」「平将門=たいらのまさかど」や「藤原道長=ふじわらのみちなが」「紀貫之=きのつらゆき」のように「の」を入れて読む人名と、「上杉謙信=うえすぎけんしん」「織田信長=おだのぶなが」「徳川家康=とくがわいえやす」のように「の」を入れないで読む人名があります。 何か区別する決まりのようなものがあるのでしょうか? ちょっと調べてみたら、時代の流れや政権などの都合によって、簡単に理解できない複雑な経緯がありました。 歴史を見ていると、突然苗字から「の」が無くなる時代があります。 それはいつでしょうか?...


藤原秀郷流を訪ねて《14》
「頼朝の奥州進出から、秀郷流諸氏のその後」 2026.11.1 栃木の武将「藤原秀郷」をヒーローにする会 佐野支部 永島正光 先日、日光市今市にある歴史民俗資料館で江田郁夫氏による「中世会津街道物語」(会津西街道)と題した講演会に参加しました。個人的に今市から会津若松までのこの街道は大好きで何回となく訪れています。江田氏の講演の中でこの街道は中世より奥州と坂東を結ぶ重要な街道の一つで関所もあった可能性があると指摘していました。 確かに、豊臣秀吉は会津仕置きの帰路にこの街道を使っており、戊辰戦争でも激戦が繰り広げられました。室町時代には藤原地区を領する南山長沼氏と宇都宮氏の関わりなどの記録もあります。そして、近年の足尾地区で発見された1589年(天正17)伊達政宗が足尾の太郎左衛門なる人物に発給した「通行許可証」があります。これはこの時代既に、上野(群馬県)と会津(福島県)の交易があり重要な街道だった証だと思います。 さて、中世の会津地区の歴史を見てみましょう。1589年(天正17)伊達政宗が「摺上原(すりあげはら)の戦い」で蘆名義広を破り会津地


10月の宇都宮は特別な月
菊水祭の月 2026年10月1日 栃木の武将藤原秀郷をヒーローにする会 専務理事 岡田康男 「10月の宇都宮は特別な月/菊水祭の月」 10月になりました。 私たち宇都宮の市民にとって、10月は特別な月です。 ・10月はどんな月 10月は、古名「神無月(かんなずき)」と呼ばれています。 日本の諸国の八百万(やおよろず)の神々が出雲大社(島根県出雲市)に集まり、人々の様々な「神事」や人々の縁(男女の縁結び・人間関係)や来年の収穫について話し合います。そのため、日本各地の国元を留守にすることから、神のいない月「神無月」と呼ばれます。ですから、逆に出雲だけは「神在月(かみありづき)」といいます。 そんな神様の一大イベントは、神様のお祭り=お祀りともいえますね。 ならば、全国の国々の神様が留守の間、庶民たちにとっても気楽に楽しめるお祭りを・・・というわけではないのでしょうが、10月は全国的に秋祭りの季節です。 ・10月の宇都宮といえば最大最重要な祭り「菊水祭」の月 「菊水祭」は、宇都宮二荒山神社の例祭(本祭)である秋の神事で、令和8年(2026年)は10月


「第34回佐野秀郷まつり」にのせて
平将門を知らずして藤原秀郷は語れない 2026.10.1 栃木の武将「藤原秀郷」をヒーローにする会 佐野支部 永島正光 1.『平将門が目指したもの』 ―「調停者」から「新皇」へ― ① 東国で何が起きていたのか、律令国家の地方支配が揺らぐ 9~10世紀の東国では、国司・郡司・在地豪族などが複雑に絡み合い、土地・租税・利権をめぐる争いが起きていました。将門もまた、こうした東国社会の中に生きた在地豪族でした。 ② 将門は「争いを収める者」になった 一族間の争いを経て勢力を拡大した将門は、やがて東国の紛争に介入するようになります。武蔵国では、興世王・源経基と武蔵武芝の対立に調停者として介入しました。ここで将門は、「戦う武士」から「東国の争いを裁定する武士」へと変化していきます。 ③ しかし、調停では解決できない壁があった 常陸国の藤原玄明をめぐって、将門と常陸国府の対立が決定的になります。 そして939年、将門は常陸国府を攻撃。ここが大きな転換点です。「一地方の紛争」から「国家との対決」へ。その後、下野・上野などの国府を制圧し、坂東諸国の支配へと

























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