

【会員活動報告】藤原秀郷流を訪ねて《11》
2026年5月18日 栃木の武将藤原秀郷をヒーローにする会 佐野支部 永島正光 新緑の向羽黒山城と信夫佐藤氏 北関東山城会、福島会津オフ会メインは向羽黒山城。 実は私四度目、しかしデカ過ぎて未だによくわからない。 今回も凄腕ガイドさん?あっ、昨年と同じ人だ。 のぼり旗には「最大……級」とあるが……「最大と言い切るとクレームが来る恐れがありそうで…」とガイドさんは苦笑い。 続いてガイドさんは挨拶の中で、更新されない通説にチクリチクリと苦言を呈し、最新情報+持論を展開する。気合い十分、素晴らしい。 例によって総勢14人、最初は遠足並にぞろぞろと進むが……間もく、そう、放し飼いの如くはじけて、収拾がつかなくなる。いつものことなのてすが…。 こちらウンチク組みの仲良し三人、私と、なんでなんでのYちゃん、裏付け理論派のAさん。 この城は1561年(永禄4)蘆名盛氏創建と言われていますが……。 Y「なんで、堀も土塁も何本も作り、しかも丁字にぶつかり、迷路みたい」 A「あのね、盛氏君は心配性なんだよ」 Y「土塁の片側にだけ土留めの石垣、これどう言う意味?」..


【亀戸香取神社 勝矢祭/烏森神社 例大祭】2026年5月5日参拝レポート
藤原秀郷の伝説は栃木にとどまらず、東京にも深く根付いています。自らを新皇と称し、関東一円に勢力を広げ、朝廷に対抗した平将門の乱を平定した英雄として知られ、亀戸香取神社や新橋・烏森神社などでは、いまも勝運の神として信仰されています。今回は、いずれも五月五日・端午の節句に開催される祭礼を通じて、秀郷の歴史が今も東京の人々に受け継がれていることを実感しました。 香取神社 勝矢祭 勝矢祭は平安時代、藤原秀郷が平将門の乱の出陣前に戦勝を祈願し、勝利の後に自らの弓矢を「勝矢」として奉納した故事に由来します。例大祭では、鎧武者行列が街を練り歩き、神社到着後に「エイエイオー」と勝ちどきを上げ「勝矢奉納」の儀式が行われます。千年の時を超え、武者行列が令和の街を進む姿は勝運を呼ぶ初夏の風物詩。インバウンド客も多く訪れ、国際的な賑わいを見せていました。 今年の追討使「秀郷役」は、かわいらしい女性秀郷。 大久保江東区区長さんでした。 約200人の色とりどりの鎧武者が練り歩く祭礼は迫力満点。大人から子どもまで多くの人で賑わい、秀郷公への敬意と誇りが感じられる光景でした。武


【会員寄稿コラム】佐野支部恒例のブラ散歩《5》
2026年5月13日 栃木の武将藤原秀郷をヒーローにする会 佐野支部 永島正光 今回は旧田沼町が中心、勿論、藤原秀郷流の香りプンプンの寺社仏閣です。ついでに入れた秀郷とは関係のない宇津野洞窟は突然の工事中、これは他に行きなさいとのお告げ?と言う訳で、二か所追加して九か所となりました。 御榊山神社→賀茂別雷神社→加茂別雷神社→岩倉神社→(昼食)→本光寺→西林寺→一瓶塚稲 荷神社→根古屋神社→興聖寺 佐野支部ならではの感動。 佐野三天神コンプリート(朝日森、晝日森、夕日森) 二つのカモワケ雷神社を訪問(加茂別、賀茂別) 賀茂別雷神社の奥宮参拝 佐野家、田沼家お墓参り 本殿彫刻(同羽目)を堪能特に一瓶塚稲荷神社は日光東照宮並みと。 そして昼食、岳乃屋のトロトロチャーシュー佐野ラーメンと宇都宮に負けないモチモチジャンボ餃子しかもライス付きです。 約8時間、あっという間のワクワク楽しい一日でした。最後にこれだけ回ると御賽銭が大変、神様仏様少ししかあげられなくてごめんなさい。


【会員活動報告】皆川歴史研究会「皆川廣照どんな武将 第一回」
2026年5月23日 栃木の武将藤原秀郷をヒーローにする会 専務理事 岡田康男 5月23日、栃木の武将「藤原秀郷」をヒーローにする会の活動の一環として、「皆川歴史研究会」(栃木市)の月例会に出席してきました。 というのも、今回のテーマは「皆川廣照どんな武将 第一回」、講師は、ヒーローにする会の水野拓昌さん。テーマの皆川廣照も秀達流の名武将ですから・・・! ということで、佐野支部の会員3名、東京の会員2名も含め、総勢10名での参加です。ご参加の総数は3~40名ほどでしょうか、そのうちの10名がヒーローにする会という大所帯の傘下です。 会場は、皆川城址の麓にある皆川氏の菩提寺・金剛寺さんということで、ぴったりのロケーションです。 テーマの武将「皆川廣照」・・・なかなか興味深い武将です。NHK大河ドラマの主人公、豊臣秀長・秀吉や徳川家康とも渡り合う下野国きっての名武将のひとりです。 講師・水野さんの講演も鋭い切り口・掘り下げ、でもわかりやすいお話で大変満足な時間を過ごしました。 今日の講演は、皆川廣照生涯の前半部分、7月に後半部分の講演があります。ぜひ


【会員寄稿コラム】ここから古への思い《2》源経基から見た平将門の乱と藤原秀郷
2026年4月10日 栃木の武将藤原秀郷をヒーローにする会 佐野支部 永島正光 埼玉県鴻巣市にある源経基の館跡です。1000年以上経っているのに周りの掘りや土類が綺麗に残っています。ただ、遺構から察するとどうも中世後半に造られた館跡のようで源経基が住んでいたと言われる館を後世に作り変えたのでは?との意見もあります。 ところで、源経基(みなもとのつねもと)って誰?頼朝、義経は知っているんだけど。 曲輪の北側の小高い所にある大きな板碑には「六孫王源経基城址」。六孫王ってどういう意味? 源経基の父は、清和天皇の第六皇子「貞純親王」です。また天皇の孫(男子)の総称は○○王、父が六番館の皇子で経基は清和天皇の孫の王と言う訳でしょうか。臣籍降下(しんせきこうか)?と言うことはあの清和源氏、「みなもとの○○」の最初の人(始祖)です。 *臣籍降下とは、皇族を離れて姓を与えられ臣下となること 938年(承平8)平安時代中期、武蔵権守(埼玉県知事代理)の興世王(おきよおう)と武蔵介(埼玉県副知事)の源経基の二人は任地の武蔵に着くと早速、検注(土地調査)をやり年貢を追


『宇都宮城1000年の謎~英雄・藤原秀郷の軌跡を辿るSAMURAI体験~』2026年4月18日開催
今回の栃木の武将藤原秀郷をヒーローにする会のイベントは、宇都宮JCへのネタ提供のコラボ! 超行楽日和で「たくさん来るかな〜?」とは、思いましたが、あまりに間髪なく沢山のお子さんが来てくれて、写真は自分が対応した子だけなんで、数えてないけど200人以上が百目鬼を作ってくれました! 監修役で済むかと思いきや、他のブースも、企画にも、参加できず😂 しかし、子供達がとっても喜んでくれて、癒された😊 また、開催してほしい。

























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